※ 電波不通のため怪我をしたら致命的な事態に陥りやすいこと、駐車場可能台数が非常に少ないことから、このエリアは非公開エリアである。
「キングコング」は間違いなくこのエリアを代表する課題である。2000年代前半に、現在は国際ルートセッターして活躍する平嶋元さんによって初登された。
「三段」という困難さもさることながら、ゴリラ岩を下から上まで貫く合理的なライン取り、そしてムーブの多彩さ。そのスケール感はこのあたりでは類を見ない。高さも申し分ない上に、まるで舞台のようにフラットな、30畳ほどの見事な下地。
クライマーなら誰もが「この岩を登りたい」と思うし、誰もが「このラインを登りたい」と思うのではないだろうか。それがキングコングというラインだ。
キングコングを完登するまでの記録をここに残す。
2021.9.24
午後から。
前回Apeを登ったときに、キングコングが「不可能ではない」という感触を得ている。
位置的には、キングコングはApeのロースタートである。キングコングのスタートからApeに合流するまで、つまりキングコングオリジナルのムーブは、自分だと3手~4手と3足(?)。たったこれだけのムーブが加わるだけで、初段が三段になる。とは言っても、Apeは自分の体感だと二段真ん中くらいなので、三段は妥当なグレードであると思う。
オリジナルムーブの中で現時点でできていないのは、右手でApeスタートの大きいスロット、左手でピンチを抑えながら、右足のトーフックを解除して左足を送るムーブだ。ただの足送りではあるが、自分にとってキングコングの中で最も強度が高いムーブである。
とにかくホールドが悪く、この日はこのホールドを持って浮くので精一杯であった。しかし、それでも練習により若干のイメージを掴むことはできた。
2021.9.25
今日もほとんどはトーフック解除の練習。はじめは全く持てなかったホールドも、コンディションか練習の成果か、徐々にコツをつかんできた。そして、ついにバラシでトーフック解除からの足送りに成功した。
これでやっとキングコングの全てのムーブが解決した。あとは繋げるのみ。ここからが長いのは承知だが、やはりこの課題が自分にとって全く不可能なものではないことがわかり、完登が現実のものとして姿を見せ始めたことに興奮した。
Apeパートも数回練習した。リップ前のポッケを取るムーブを変えたことで、ポッケの保持感がかなり向上し、マントル前のムーブが安定した。
なにも登れてはいないが、収穫の多い日であった。
2021.9.28
RPトライを何度か行う。
一見強度が高そうな1,2手目は安定しており、ほとんど落ちることはない。しかし、それらをこなすことにより、問題のトーフック解除の確率が格段に下がり、キングコングオリジナルパートを全く通過することができない。ヨレというよりも、繋げてきたことによる微妙な体のポジションの誤りが原因であるような気がする。
レスト中、イカ岩をビーチスタイルで登った。良い課題である。
日暮れ前、繋げトライではじめてトーフック解除と足送りに成功した。しかし、飛ばし1手目(Ape2手目)であえなく落下。
Apeを完登した際には最終的には全く落ちる気がしなかったこのムーブも、繋げてくると別物である。
「Ape」におけるこのムーブは、スタート位置から体のポジションはほとんど変わっていないため、ベストな状態で手を出すことができた。しかしキングコングでは、雑に送られた足と、数ムーブ持ちっぱなしの右手である。単なる「ヨレ」以上に、いわゆるリンクものの難しさが端的に詰まっている。
2021.10.1
午前雨予報、午後曇り予報であったため、午後に岩場に着く。しかし、ついた時点でも岩場にはしとしとと雨が降り、岩場全体がスイッチオフであった。
1時間ほど車の中で雨が上がるのを待つも、止む気配はない。むしろ雨足は強くなっている。
開き直り、マットを一枚だけ持ってアプローチを下降しゴリラ岩へ向かう。
他の岩の例に漏れず、ゴリラ岩もびしょびしょに濡れていた。しかし、傾斜のあるキングコングのホールドは使える箇所もあった。今日中に雨が上がり、マントルが返せる状態になるとは考えにくい。今日はキングコングのパート練を行い、明日以降の完登への糧とすることにした。
繋げてきたときに問題となるのはやはりApeの核心、三連飛ばしであることは明確であった。強度としてはトーフック解除の方が高いのだが、三連飛ばしの方が後に出てくること、圧倒的な遠さにより(成功しにくいという意味での)リスクのあるムーブであるからである。
数時間ほど練習すると、雨のコンディションでもほとんどレストを入れず4回連続で成功した。
これは登れるぞ、という自信が湧き上がる。嬉しくなる。
キングコングはもはや登れる課題だ。まだ登っていないのに何を滑稽な、と思われるかもしれないが、トライしはじめたころは正直ほとんど不可能だと思っていたのだ。
この1ヶ月、この岩場、特にゴリラ岩には今までのクライミング人生で一番の情熱を注いできた。その象徴的な存在とも言える「キングコング」という課題が、それに応えてくれるのがたまらなく嬉しい。
2021.10.2
不思議な天気であった。空をまだら模様に覆う雲の合間からときどき陽が差したと思えば、それと同時にパラパラと天気雨が降ってきた。
昨日の雨の湿気もまだ残っており、よいコンディションではない。しかし、ここまできたら「登る」、それ以外にやることなどない。
昼を回った頃に、タイミングを見計らいトライ。足送り、前日に練習した三連飛ばしを越え、ついに核心を突破する。ここからはApe後半、バラシであればまず落ちないパートだ。グレードで表せばおそらく2級くらい。
しかし、右手でガストンガバカチを持つと、明らかに引けない。肘が上がり、体が開いているのがわかる。少し吠えながら左手をフィンガージャムのスロットに出すも、かかりが甘い。持ち直そうと左手をしゃくろうとしたとき、右手が抜け、体は後方へ吹き飛ばされた。
まず問題ないと思っていたパートで落ちたことに衝撃を受けた。しかし、情けないことではあるが、それ以上に核心を突破できた喜びが大きかった。これはしっかり休めば今日登れるはずだ。
レストがてらホールドをブラッシングしていると、今までとは明らかに雰囲気の違う大粒の雨が降り出す。
大粒の雨は10分ほど降り続いて止んだが、ゴリラ岩のリップを救い難い状態にするのには充分だった。
ホールドが乾くのを期待しながら、何度かトライする。しかし、濡れたマット、湿っていないはずのないホールド。それ以降、今日の1トライ目の高度にたどり着くことすらなかった。
2021.10.4
予定では来るつもりがなかったが、大学の授業の予定が急遽休講になり、午後から。
昨日も今日も雨が降らなかったようで、岩のコンディションは文句のつけようがない。
問題があるとすれば自分の体だ。昨日バイト先のジムで何故かやたら筋トレをしてしまった。ギリギリまで追い込んだ懸垂と腕立て伏せのせいで、正直運転しているだけでも辛かった。
入念にアップと各パートのリハーサルをしてトライ。感触は悪くない。
1トライ目から核心を突破する。しかし、核心後の寄せのロックで、明らかに左手の感覚が狂っているのがわかった。どう考えても筋トレのせいだ。
後半パートに突入する。フィンガージャムの効きが甘いが、気にせずポッケをとる。足を送ろうとするが、やはり左手のジャムが信用ならずまごついてしまった。足を送ることはできたものの、それ以上のムーブを起こせる未来が見えず自分から着地。
完全にこのトライでよれてしまい、この1トライのみでキングコングはやめる。実質終了のリップガバまであと2手のところまできた。この岩の上に立つのも近い。
「和火」を少し探ったり、登れそうな可能性の残された岩を探す。この岩場にはまだまだ無限の可能性がある。
このエリアには電波は通じない。いつもスマホ中毒気味の自分も、この岩場では目の前の自然とまっすぐ向き合うことができる。下界のしがらみもない。最近、一人で山の中で過ごす時間が自分にとってどれだけ大事であるかを理解した。
山では、空を空と感じ、岩を岩と感じ、自分を自分と感じることができる。山は記号を介すことなく直接体の中に流れ込む。
岩登りができなくなっても、山をやめることはないだろうな。そんなことを考えた。