※ 電波不通のため怪我をしたら致命的な事態に陥りやすいこと、駐車場可能台数が非常に少ないことから、このエリアは非公開エリアである。
キングコング 前編 の続き。
2021.10.9
天気は一日快晴予報、降水確率0%。
今日がThe Dayだ。前日の寝る前から集中力を高め、生活の全ての照準をキングコングに合わせていた。
意気揚々と家を後にする。
岩場への道中、一応ネットで道路状況をルーティーン的に確認すると、「土砂崩れにより通行止め」とあった。一瞬理解ができなかったが、調べると数日前に大雨がふったようだった。
終わったと思った。この道路の脆さはローカルであれば半ば常識だ。数年前は、8月に発生した土砂崩れの復旧に2年以上かかり、その間岩場へ行くことができなかったほどだ。
たとえ道路の復旧が可能であったとしても、また通行止めが解除されるだろうか?そもそもこの道路は冬季閉鎖なのだ。どんなに遅くとも11月半ばには閉鎖する。
今開通したところで、1ヶ月かそこらの開放期間となるわけだ。それだけのために復旧作業を行ったりするだろうか?
帰ってきて多くの人にそのことを話すと、やはり「今年は終わりだね」と皆口を揃えた。
2021.10.14
奇跡的に道路が開通した。土砂崩れは道路が崩壊するような致命的なものではなく、道路に転がった礫をどけるだけで済んだそうだ。
今シーズンを絶望視していた自分にとっては、この開通は蜘蛛の糸だった。またいつ通行止めになるかわからない。もしそうなれば今度こそ完全閉鎖だろう。今日決めるしかない。
体の痛いところもないし、疲れてもいない。
岩場に着く。「どこでもアップくん」を流木に引っ掛けて入念にアップする。やはり体の調子はすこぶるいい。岩のコンディションもベストではないが悪くもない。
Apeの後半、2級パートをアップで登る。アップの段階で登れなければ、ヨレる本番トライでこなすのは難しい。問題なく成功し、そのまま計3回登った。
次にトーフック解除周辺を確認する。おかしい。できない。このムーブは強度が高いのはもちろんなのだが、それ以上に「コツもの」なのだ。重心の微妙な変化や、体の押さえ方の意識が変わるだけで全くできなくなる。そもそも、3日間練習と修正を重ねてやっとできるようになったムーブだ。
前回から10日ほど経ってしまったのも大きかった。普通、10日なんてブランクとしてはないに等しい日数だが、キングコングをトライしていて10日開けたのは今回が初めてだった。やはり、まだまだ自分は「キングコング」に対して圧倒的に力不足であり、その不足を練習と打ち込みでカバーしていたのだということを思い知らされる。
結局、レストを挟みながらまたこのトーフック解除を確認し、昼頃にムーブを固めることができた。時間を無駄にしたが、前回より安定感が増したので良しとする。
RPトライに入る。
トーフック解除周辺がやはり安定しないが、感触は悪くない。
数トライ目。核心を抜けたが、リップ取りでフォール。かなりよれたが、休めばまだ今日の弾数は残されている。
はやる気持ちを落ち着けて1時間ほどレスト。
「キングコング登るくん」で2手目の大きいスロットを乾かす。
西陽を遮る木が岩にその影を落とす。岩はまだら模様に輝いているように見えた。
このトライで登る。この1ヶ月何度も頭の中で再生したこのセリフを、一際力を込めて反芻する。
トライ。
初手スロットへのデッド、トーフック解除、フルスパン三連飛ばし、寄せ。下部を完璧にこなし抜ける。
リップ前のムーブも落ち着いてこなす。リップは目の前だ。リップへのデッドで体を沈み込ませた時点で、止まるのがわかる。
しかしその気持ちが見透かされたのか、デッドの直前に左手が抜ける。だが左手は止まっていた。どういうことだ?
完全に落ちたと思ったのに落ちていない。抜けた左手は、ボディの勢いでリップまでなんとか届いたようだ。
リップガバに左手を飛ばす。止まったか?!興奮と混乱とよれで、手の感覚がない。左手はリップガバを少し外していたが、なんとか止まっているようだ。
幾度も叫びながらマントルに入る。返す。
マントルを返して岩の頂点まで歩く。体の奥から喜びが爆発するのを感じる。
登れた。
キングコングだけで7日間。Apeを含めると12日かかった。午後から来たり、少しだけやって他の課題をやっていた日も多いので12日まるまるかかったわけではないが、それでも一つの課題にこれだけの時間をかけたのは初めてだ。
これだけ素晴らしいラインが通える場所に存在し、そして自分の情熱を受け止めてくれるということほど、クライマーにとって幸せなことってないんじゃないだろうか。
一つの課題に打ち込むというのは、時には辛いものになる。血反吐を吐く思いをして登っても、空虚さに襲われることもある。オンサイトの輝きと比べて、ギリギリのレッドポイントは「呪い」に近いとさえ思う。
その課題を登る実力が備わっていないのを、慣れと練習でごまかしただけではないか?もう一回登れと言われて登れるのか?
確かにこれらの問いに自信を持って首を振ることはできない。しかし、自分にとってこの課題は今やるべきだったし、今やってよかったと思っている。
三面という閑静な岩場での、圧倒的なまでの自然。そして新潟のクライマーの中でも数限られた強者にのみ足下にすることを許してきた「キングコング」という課題の歴史。長い長いトライの中で、この両者との対話を心ゆくまで楽しむことができた。
もっと強くなってからサクッと登っていたら、この対話を楽しむことはできなかった。4枚ものマットのためにアプローチを何往復もしたり、レストのためにマットに寝転がってただ空を眺めていただけの時間が宝物だった。それが自分に与えてくれたものの大きさは簡単に言い表すことはできない。決して登れたから美化されているわけではない。
クライミング人生で最高の完登だったし、間違いなく最高のラインだった。このラインに情熱を捧げられたことを、心から嬉しく思う。