※ 電波不通で怪我をしたら致命的な事態に陥りやすいこと、駐車可能台数が非常に少ないことから、このエリアは非公開エリアである。
新潟に「岩場」と呼べるような場所はとても少ない。山岳地帯と隣接しているのになぜ?と思うかもしれないが、
・降雪により冬期はほとんどの岩が登れなくなること
・そのたびに掃除し直さなければならないこと(山岳地帯では人の背丈より高く雪が積もることも珍しくない)
・岩があっても脆い岩が多いこと
・そもそも強い開拓クライマーが少なかったこと
などが理由らしい。
そんな中でも、新潟の誇る唯一にして至高のボルダリングエリアが三面ボルダーである。
ボルダーとしてもかなり大きい部類の巨岩が、互いに折り重なって岩場を形成している。その様は、クライマーでなくとも感嘆するだろう。
とてもワイルドな岩場である。新潟特有の気候から、天候は不安定で雨が降る日も多い。晴れれば湿気が溜まり灼熱になる。植生も強い。虫もかなり多い。そして、秋の暮れから初夏までは道路が封鎖され、岩場に行くことはできない。
この岩場には過去の新潟のクライマーが辿った足跡が残されている。新潟のボルダリングの歴史そのものと言ったら過言かもしれないが、三面ボルダーを抜きにして新潟のボルダリングは語ることはできないのではないだろうか。
小川山や塩原と言ったメジャーエリアに比べれば課題数はごくごく僅かなものだが、粒揃いで、どれもクラシックと呼ぶべき素晴らしい内容の課題ばかりだ。
2021年、晩夏から秋にかけて、三面ボルダーで過ごした日々の記録をここに残す。
2021.9.10
準備に時間がかかってしまい、岩場についたのは15時過ぎ。
今回の目的は「Ape」初段の完登だ。Apeは三面ボルダーの看板ボルダーである「ゴリラ岩」の真ん中のライン。「キングコング」三段の立ちスタートでもある。
最終的な目標はキングコングなのであるが、まずはApeを登らなければ話にならない。
Apeをトライしてみるも、やはり難しい。序盤の核心からかなり悪い。その後も全く安定しない。
そうこうしているうちに岩場は真っ暗に。
2021.9.11
朝から昼までApe。ムーブをばらすことはできたが、つながる未来が見えない。
蚊が大量発生していて、虫除けなどお構いなしにまとわりついてくる。
Apeに少し飽きて、午後は登られていない岩を探すことに。良い岩を2、3個見つけることができた。
一つは4級くらい。簡単だが少し高さがあるので充実感がある。
もう一つは、150度ほどのどっかぶり。二手ほどで核心は終わるが、持ち替えなどの地味な処理が強度が高く難しい。登ることはできなかったが、多分初段か二段くらいだと思う。良い課題になりそうだ。
開拓初登はとても楽しい。岩を見上げ、ここが登れそう、とラインを頭に思い描き、わからない一手を出す。わからないマントルを返す。ただ身体的限界を追求するクライミングの、何倍も豊かな体験をすることができる。
とある人に、このプロジェクトの開拓の話をすると、こういった内容の苦言をもらった。
「開拓初登が楽しくて価値のある行為なのはわかる。しかし、その前に君にはやるべきことが残されているのではないか。三面の代表的な1級、初段もほとんど登っていないのに、開拓に走るのは逃げではないか?それはダサいと思う。」
その場では自分はその言葉を消化しきることはできなかった。というか、今でも考えている。
確かに、エリアの既存課題をあらかた登ってから開拓、というのはとても自然だと思う。かの倉上慶大さんも、黒本の全課題を登っている。それは新課題の開拓初登のためではないとは思うが、順番を踏んだ結果自然にそうなったのかもしれない。
いろいろ考えた結果、この問題には二つの側面があるのではないかと考えた。
“岩を登る者として”と、“エリアを利用させていただく者として”という二項だ。
“岩を登る者として”、既存課題を登らずに未踏の岩を登るというのは、とても自然で、むしろそうあるべきだとすら自分は思う。既存のラインには、そもそも「ここを人間が登ることができますよ」という情報が既にある。チョーク跡も少なからずあるだろう。
人間が登れるかわからない。今持っているホールドが吹っ飛ぶかもしれない。そういうリスクや葛藤を抱えながら登るのが「クライミング」としての本質で、それは多くの場合初登でしか味わうことはできない。再登はそういった不確定要素がほとんど排除されている。○撃で登れたとか、○日で登れたとか、初登に比べればどうでもいい…と言ったら怒られるかもしれないが、自分は本気でそう思う。
好みの問題だが、自分は、危険を排し身体的限界を求めるアスレチックなクライミングよりも、より”冒険的”なクライミングの方が好みだ。岩は高ければ高いほどいいし、危ない匂いがするくらいの方が燃える。危険な目に遭うためにクライミングをしているわけではないが、100%安全が保証されているならジムで登ればいいと思う。
技術の進歩によって、クラッシュパッドやボルト、ロープが開発され、我々は安全に登ろうと思えば際限なく安全に登ることができる。けれど、元を辿れば「落ちたら怪我をするから落ちないように登る」というのが源流のはずだ。
話が逸れた。
“エリアを利用させていただく者として”、先人たちへのリスペクトは絶対に忘れてはならない。先人たちがエリアを発見し、開拓し、トポに残してくれたから、今自分が岩場を利用することができる。
ローカルでひっそり運営していた岩場に、首都圏から強いクライマーがやってきて、既存課題に手をつける前に、「このラインを初登しました!」と声高に発表していたら、誰もが違和感を覚えることだろう。
開拓初登というのは、クライミングとして価値のあることには違いないが、同時に激しくエゴイスティックな行為だ。それには少なくない責任が伴う。エリアや先人に対するリスペクトを忘れた初登は、どんなに素晴らしいラインであっても、チンケなものにしかなり得ないのかもしれない。
そういった視点が自分には欠けていた。
とは言っても、自分にはまだ自分が行った開拓を「ダサかった」ということは正直できない。これは保身のためではない。しかし、これ以上言っても見苦しいだけなので、この話はここらでおしまいにする。
2021.9.13
「ダサい」という言葉は重い。「ルール違反だ」とか「道義に反する」とか言われるよりダメージがある。
- スパイダーウォーク 1級 (ゴリラ岩)
- ポッチマン 1級 (ゴリラ岩)
- Aut matter 1級 (ゴリラ岩)
- Aut matter (low) 初段 (ゴリラ岩)
- Ape 初段 (ゴリラ岩)
- シシ 初段 (シシ岩)
とりあえず、これらを全部登ろうと考えた。Apeは元々登ろうと考えていたが、それを含めて6課題。
正直こういうクライミングはやりたくない。岩やラインとはその時々の出会いを大事にしたいタイプだし、リストを作って課題を登るのはなんとなく作業じみている。課題への向き合い方として不純な気がする。「人に登れと言われたから登る」というのも、クライミングの動機としては最低の部類だ。
けれど、ここまで言われて登らないのは明確に「逃げ」だ。
11時ごろに岩場に着く。
まずは「ポッチマン」1級から。なんとなくの気分で、RPトライをノーマットで。
これぞ岩のボルダー。4手で終了だが、ホールドの悪さと遠さが原始的な難しさを演出している。真っ向勝負の潔い「ショートハード」課題。リーチがあればスラブ面で傾斜を殺せるので、長身有利な課題にはなるが、クラシックと呼ぶに相応しい課題だ。
次に、「Aut matter」1級を登る。象徴的な1本指ポッケへのデッドから始まり、持ち感のいいポッケやスロットを繋ぐ。三面らしいホールディングを楽しめる、これまたクラシックと呼ぶに相応しい課題。スラブ面への抜け方に少し迷った。
次に「スパイダーウォーク」1級。手はポッケ、足はスラブ面でトラバースし、最後はポッチマンに合流する。
トラバース課題ではあるが、トラバース課題でよくある「リップに逃げられるじゃん」とか、「難しさを求めて横移動したんだな」と言ったような無理矢理感は全くない。顕著なガバからスタートし、ポッケに導かれるように登るとても合理的なライン取りである。トラバース課題の中でも、ここまで完成度の高いものはあまりないと思う。ムーブも簡単に思いつくものではなく、試行錯誤が必要だろう。1人で考えると、正解に辿り着くまでに時間がかかるかもしれないが、その時間こそが岩の醍醐味だ。この課題もまたまたクラシックと呼ぶのにふさわしい。
これもマットを使わないで登った。
次に「Aut matter (low) 」を登る。
1級のAut matterのロースタート。ルーフ面のアンダードガバからスタートし、3〜4手でAut matterに合流する。
Aut matter単体でも非常に面白いのだが、ロースタートをやるとこれが完全版だという気がしてくる。かなり完成されたラインだと思う。
ここまで、かなり順調に狙った課題を登ることができた。一応今まで二段を何本か登ってきているが、「これを登る」と思って、それが100%登れたのは初めてだ。初めはあまり乗り気ではなかったが、自分の身体的限界を推し量る材料としてみると、悪くないクライミングができたと思う。
そして、ゴリラ岩の4本の課題を登って気づくのは、「全てのラインがとても合理的で、ムーブなどの身体的内容を見ても圧倒的に完成されたものである」ということだ。
確かに、1級や初段を登る実力があるなら、まずはこれらを登るべきだったかもしれないな、と思った。
最後の1時間で「Ape」初段をトライ。前回はムーブをバラすのに精一杯であったが、今日のクライミングで体が三面のホールドに慣れてきたのか、完登寸前まで行くことができた。
2021.9.14
来る予定ではなかったが、前日のApeの感覚があまりに良かったため、我慢ならず気づいたら岩場についていた。
入念なアップののち、数トライでApeを完登。
素晴らしいラインだった。「キングコングの途中からバージョン」と思われがちなのかもしれないが、スタートは明瞭だし、これが課題として残っているのは当然のことのように感じる。
核心はやはり印象的なフルスパン三連飛ばしと、そのスパンからの寄せだろう。飛ばしは的が遠くて確率が悪く、寄せは強度が高い。
それが終わってからの直上の数手も十分に落ちる可能性がある。足をしっかり踏んでガストンを引きながら、デッド気味にスロットへフィンガージャムをするムーブは、ボルダーではまず出てこないムーブだ。
傑作中の傑作と言って全く過言ではない。今まで登った段以上の課題では最も面白い課題だった。
グレード感だが、正直初段には感じなかった。二段ちょうどといったところだと思う。今思い浮かぶ中だけでも、忘却の河(小川山)、抜歯(下仁田)、アンセム(下呂)、カシャボ(恵那)、よりは確実に難しく感じた。
同じ岩の「Aut matter (low)」初段と比べても1グレードは難しい。また、課題全体を通してリーチーなところがあるので、身長のない方にはさらに難しく感じると思う。普通に二段でいいのではないか。
移動し、「シシ」初段を帰るまでトライ。全ムーブを解決するのに時間は掛からなかったが、なかなか繋がらない。
2021.9.19
シシを登るべく。
シシは140度ほどのかなり強い傾斜にある。6〜7手ほどで、極端に悪いホールドはないが、良い向きの顕著なガバもなく、常に体幹でホールドを押さえ込まなければいけないようなフルパワー系課題。
全てのムーブの強度が非常に高く、なかなか繋がらない。最終的にはリップにランジになるのだが、その直前の2手が悪い。
繋げることができずに終了。
2021.9.20
シシ3日目。
もう登れるところまではとっくに来ているはずなのだが、あと一歩のところで繋がらない。
十数手を超えるような長物がつながらないときより、6手くらいのオーソドックスな長さの課題がつながらない時の方が大変だと思う。前者は研究すれば直すべきポイントはだんだん見つかってくるし、最終的にはレストでなんとかなったりする。後者はもうボルダー力が足りないだけ。
30分レストしてトライを何度か繰り返す。
初日の時点から登れるという感触はあったのに、そこから最高高度も変わらず、何も進歩していない。ずっと「もう登れるはずだ」と思っている状態。生殺し。
結局、丸2日と半日をかけて登れず。
あまりの進歩のなさに、時間を無駄にしていることに嫌気がさし、一度この課題は封印することにした。
三面のシーズンは短い。天候によってはあと数週間で岩場が閉鎖されることもあり得る。
次からは三面の看板課題「キングコング」三段をトライすることにした。