シシが登れた

※ 電波不通で怪我をしたら致命的な事態に陥りやすいこと、駐車可能台数が非常に少ないことから、このエリアは非公開エリアである。

呪いは解かなければならない。

呪いを解くには?ドラゴンクエストだったら教会に行くかシャナクをかけるかだし、クライミングだったら完登するしかない。

2021年秋、僕は三面ボルダーでキングコングを登った。それはもう、その頃の全てを投げ打って得ることのできた完登だった。(そのときの記録はこちら)

キングコングというスーパークラシックの課題を登り、しかもそれがはじめての三段だった。物語はめでたしめでたしで終わった….かに見えた….

実は、「シシ」初段をまだ僕は登っていなかった。いや、登れなかった。

キングコングを登る前に、「三面でこれだけは登っておこう」というリストを作って、その中にシシは入っていた。その中の、Ape、Automata、ポッチマンなどは登れたが、シシだけは丸三日かけて敗退した。

そして、「このままだとキングコングを登らずに今年のシーズンが終わってしまう」と思い、キングコングのためにシシを諦めていた。

………今年はなんとしてもシシを登らなければならない。

三段が登れた人が初段で大げさな!と思うかもしれない。けれど、「全身全霊で三段を登る人」は「頑張れば二段を登れる人」だと思うし、アベレージグレードは初段くらいだろう。そして、難しめかつ苦手な初段だったら全く歯が立たなくても不思議なことはない。

僕にとってまさしく「シシ」はまさしくそんな課題だった。

2022.6.11

ゲート解放から1週間、探検部の面々と、今年初の三面。

目的はもちろんシシ。ゴリラ岩で少し遊んでから、一人シシ岩へ。

去年やっていたムーブも、できないパートも全て覚えている。というかそんなに大きい岩でもないし、手数も6〜7手と普通くらい。

難しいのはやはり4手目〜5手目の流れで、ここが強度的にも核心だろう。リップへのランジは派手だが難しくはない。このパートを何度か練習してから繋げトライへ。

さすがに去年よりは成長しているようだと思いたかったが、淡い期待は裏切られる。核心ができない。

1手目。地面スレスレで左手を出す。
ヒールをかけて2手目。
マッチ、右足をつま先に変える。
4手目。悪いサイドアンダーカチを下から抑える。
足をかえ、上体をかなり上げる。核心。
核心の5手目。悪いピンチを叩く。
取れずに落ちる。

何度かやってもやはり核心ができない。

「できない」とは言っても、普通はその中にも濃淡があるものだ。その微妙なグラデーションの変化を感じ取りながら、なるべく「できる」に近づけていくのがクライミングである。同じ「できない」でも、次のホールドまであと30cm の人と3mmの人には雲泥の差がある。

しかし、この課題からはその濃淡を感じ取ることが非常に難しいように感じた。

正直、核心の5手目を叩くところまでは去年の初日の時点で到達している。手数で言えば、そこから何も進歩していないのだ。

よく考えてみれば、もしかすると去年より体がしっかり上がっているような気もするし、もしかしたら核心に到達できる確率が上がっているような気がしなくもない。けれどそれらほとんど気のせいみたいなものだ。

何度もトライしているうちに、悪いアンダーカチを下から押さえている右手の前腕の腱が痛くなってきた。これも去年と同じ。

そして今日もまた敗退。

キングコングに全てを捧げ、登ることができたのは何物にも変え難いすばらしい経験だった。しかし、もしかしたら、あれから得られることができたのは「キングコングを登れた」という事実だけだったのだろうか?結局キングコングは慣れと練習で登れただけで、この一年、僕の本質的なクライミングの能力は特に進化していないのだろうか?

まるで呪いのように、そんな考えが頭の中を支配する。シシを登らなければ。そういっそう強く思う。

(帰り際、石舞台岩のプロキシが登れた。良い課題だった。)

2022.6.14

関東はすでに梅雨に入っている。新潟なんて年中梅雨みたいなものだが、やはり梅雨に入ってしまう前にこいつとは決着をつけなければならない。

何度も何度も確認した核心を練習する。改めてコンパクトな課題だなと感じる。地面スレスレからスタートし、マントルを返すのは背丈より少し高くらいの位置。

未知の部分が全くなく、全ての可能性を知ってしまっているということは、残酷なことでもあるんだななあ、などと思いながらトライ。

やはり核心付近の動きが安定しない。が、サイドアンダーカチのホールディングに非常に微妙な改善策を見出す。

最近、こういう、「はじめから効かないホールドを抑え、重心や体勢を変えながら効かせていく」動きがかなり苦手だということがわかった。特にサイドアンダーとガストンで顕著。

しかし、それがわかったおかげで、改善策として有効なポイントもいくつか見つけてきた。

改善策が結構有効に感じ、もしかしたら今日登れるかもしれない、という希望が湧いてきた。

しかし、また腱が痛み始めたので、ここで一旦シシは休憩。

上流にある「Uoo」初段を、2年ぶりにトライすることに。

実はUooははじめて三面にきた2020年にやった課題で、Apeやシシよりも先に触っていた。

しかし、苦手なアンダースタートで、下地も悪く、当時は全く可能性を感じなかった。

内容としては、アンダースタートからガバリップに一手のランジで終了。

今日も、はじめはあまり可能性を感じなかったが、トライごとに高度を上げていき、最後にスタートの位置を調整したら、だいぶ余裕で届いた。

Uoo 初段

いや、あんまり余裕に見えないけど、気持ち的には余裕だったんだって。

2年前からは少なくとも成長しているようだ。良いイメージのままシシへ戻る。

先ほど発見した右手のホールディングを入念に確認。

そして、20分ほどで登れた。

シシ 初段

1年越しの完登。嬉しい以外の感想がない。ランジを止めた瞬間、頭の中が爆発するかと思った。

キングコングでも思ったことだが、この岩場で実力ギリギリの課題を登るのは非常に難しい。電波が通じず、下地も良くないことからのいろいろな懸念、気候と道路状況に起因するコンディションをつかむことの難しさ。

この岩場で何かを登ることができたとき、それは、本当に、本当のことだ。

「シシ」は、多分自分の中ではかなり苦手なタイプの課題だったのだろうと思う。体感グレードは二段だが、もしかしたら簡単な初段だという人もいるかもしれない。僕はApeより難しいと思った。実際総トライ時間だったら、Apeの倍くらいはかかっているはずだ。

まあ生々しいグレードの話は置いといて、とりあえず、これにて「シシ」は解呪。

次に呪ってくれるのは何だろう?