晩秋の小川山マルチ- 屋根岩2峰 セレクション

2021.10.30

廻り目平の駐車場に停めた車内で寝ていると、パートナーからあと1時間で着く旨の連絡が。

バタバタと朝ご飯のカップラーメンを食べ終わった頃にパートナーが到着。クライミングの準備は何もできていない自分。

トポを見ながら、必要なギアを準備する。

今日登るのは、言わずと知れた小川山の超有名マルチ「セレクションルート」。グレードは5.8と記されるときもあるようだが、現在は5.9で定着していると思われる。

朝陽を浴びる屋根岩2峰のダルマ型フェースが駐車場からよく見えた。

クライミングをはじめてから約3年の2020年の終わり頃からマルチを始め、2021年初夏に初めて妹岩でクラックを体験した。

クラッククライミングというやつには、自分のクライミングの狭さ、そしてクライミングという世界の広さを教わった。5.9のワイドクラックで3回も落とされたその日、クライミングの底しれぬ懐の深さに震えた。

それから誰に教わるわけでもなく、全て自己流でクラックを練習してきた。自分よりクラックができる人と一緒に岩場に行ったのは初めの一回だけだ。それ以降は自分が連れて行く側だった。クラックだけに集中していたわけではないし、人間社会からの影響で全く練習できない期間もあった。しかし、金はないが時間はある学生の身分、与えられた環境でできることはやった。

自分がやってきたことを試すために、誰もが知るこのルートを登ろうと思った。

そして今回、はじめてのセレクションどころかはじめてのトラッドマルチなのだが、これを全ピッチリード、オンサイトでやることになった。パートナーは自分よりもさらにクラックの経験が浅いし、しかもマルチは初めてだ。登れなかったら交代お願いしますと言うのはありえない。自分が登り切るしかない。

マルチをやったことのない人や、はじめからクラックがうまかった人には、5.9を登ることのどこが難しいのか理解し難いかもしれないが、とにかく自分にとってはこれは大いなる挑戦で、できるかどうかの境界線上にあるクライミングであるというところだけはわかってほしい。

「このルートが登れたらやってきたことが正しかった」とも思わないし、「登れなかったら間違っていた」とも思わない。セレクションにつけられた5.9というグレードは、自分のRPグレードから見たらあまりにも低すぎる。けれど、花崗岩の5.9というグレード、そしてそれらを初見で次々に登るというのは自分には未知の領域だ。

屋根岩2峰の頂上に立ったとき、何をどう感じるかはわからない。というか頂上に立てるかもわからない。しかし、あまりにも有名なこのルートを登らずに、花崗岩マルチを、そして小川山におけるクライミングを語れないことは確かだ。


9:00 アプローチを開始

準備にやたら時間がかかってしまった。

分岐岩、石の魂を横目にパノラマ遊歩道へ。涸れ沢を超え、しばらく歩くとトポにも書いてあるケルンを発見した。ここで左に曲がる。

そこからなんとなく斜面を直登すると、屋根岩2峰と思われる岩が目の前に現れた。周辺は木で視界が悪く、ここがどこなのか全くわからないが、少なくともセレクションの取り付きではないようだ。

トポを頼りに、セレクションの取り付きを探す。今回はパートナーも自分もセレクションは初めてなので、自力で探すしかない。

30分以上彷徨い、高齢のパーティに遭遇する。セレクション取り付きの位置を尋ねると、「ここは南陵の取り付きだよ」と教えくださった。だいぶ東に来てしまったようだ。

そこからさらに彷徨った。ケルンのあたりまで戻り、遠くから男性3人パーティがアプローチを歩くのが見え、そのパーティの後を追うと、ようやくセレクションの取り付きを発見することができた。10時30分。1時間半に及ぶ彷徨だった。

岩を見つける嗅覚には少し自信があったのだが、危うくアプローチで1日が終わるところだった。偶然だが取り付きに導いてくれた先行パーティに感謝。

今後のため、及び帰りにまた迷わないためにも、取り付きの緯度と経度を保存した。後から気づいたのだが、 航空写真で見るとダイヤモンドスラブや南陵がよくわかる。航空写真を見ながら歩けば迷わないと思われる。

35.9133185,138.6374724

1つしかないパートナーのテーピングを自分が失くし、奇跡的に発見、その後すぐまたパートナーがテーピングを転がし、また奇跡的に発見というトラブルがあったが、なんとか準備完了。

11:00 1P目

先行する2パーティをやり過ごし、ようやくゴーアップ。

曲者だという1P目のクラック。少し身構えていたが、プロテクションもしっかり決まるし、ハンドジャムもバチ効き。すぐにガバが届いた。

今回、カムはキャメロット#0.3~#5 + #3を持ってきた。

12:00 2P目

先行する3人パーティを待ちながらなので、待ち時間が非常に長い。

2P目のビレイ点に到着すると、視界が一気に開け、目の前にはスラブの海。緩い傾斜にポケットが点々と続いている。

とにかくボルトが遠く、落ちることの許されないピッチだった。それに加え、ロープの繰り出しが全く間に合ってなかったので、かなり緊張した。パートナーがダブルロープのビレイに慣れていないのもあったかもしれないが、おそらく自分がロープを渡した時点でロープのキンクが酷かったのだろう。ロープに体を下方向に引かれながらのクライミングだった。

終了点前のガバ地帯に辿り着いた時の安心感がすごい。

終了点のバンドに着くと、壁は一気にその傾斜を増し威圧的に立ちはだかる。だが心配いらない、セレクションはこの南面フェースを迂回して弱点から回り込むルートだ。

目線をフェースの中央に移すと、「蜘蛛の糸」や「枯れ木を落としたよ」のクラックが見える。なんと美しいクラックなのだろうか。一見すると全く弱点のなさそうなフェースの真ん中に「ここを登れ」と言わんばかりに切れ込んだクラック。こういうラインを登るためにクライミングを続けていきたい。

13:00 3P目

南面フェースに背中を向け、岩の間を歩きとチムニーで登る。登るというよりは「通る」くらいの感じだった。事前情報だと、ボルトなし、カムも取れないピッチという話を聞いて、少し警戒していた。実際は落ちるはずのない難しさだったし、もしチムニーで落ちたとしても、下地があるのでそこに叩きつけられるだけだろう。

ロープの流れが良くないので、むしろロープを担いでノープロで同時登攀の方がいいかもしれない。いいかもしれないということはないか。

14:00 4P目

4P目の前のテラスで少し休憩する。休憩していると、南陵から3人パーティが来たため、急いで出発。

多くの人が言う通り、内容に富んだピッチだった。チムニーは難しくないので、初めのオフウィズスからのマントルが核心になるだろう。クラックが核心ならまだしも、流石にフェースムーブ核心の5.8で落ちるわけにはいかない。腐っても三段クライマーだ。

チムニーを越えると、土の堆積したバンドを歩き、最後にまたスラブ。立派な立木でピッチを切る。

パートナーはやはり最初のクラックのセクションで苦労したようだった。

4P目終了点直前のパートナー。

14:30 5P目

ルンゼを途中まで登り、左下の立木を目指して下る。下りなのでリードのほうが怖くないだろう。

セカンドビレイは、いわゆるルベルソモード(ルベルソ)やガイドモード(ATC)ではなく、通常モードでやったほうがいい。

15:00 6P目

恐怖のハング下トラバース。

プロテクションのセットに苦労した。ハングをアンダークリングで持っているため、プロテクションをセットしなければならないクラックが視界に入らない。腰を曲げてクラックを覗き込まなければならないため、カムのセットにまだまだ慣れていない自分はなかなか難儀した。

クラックを覗き込み、元の姿勢に戻り、ハーネスからカムをアンクリップし、クラックを覗き込みながらセット、サイズが間違っていた、元の姿勢に戻る、間違っていたカムをハーネスにクリップして正しいと思われるカムを手に取り、クラックを覗き込み、カムをセット…..という非常に手際の悪いプロテクションセットをしなければならなかった。

もはやプロテクションセットが最大の核心で、ノープロで抜けた方が安全なのではとすら思った。痙攣寸前のふくらはぎを誤魔化しながら、なんとかオンサイト。匍匐前進はやらなかった。

ハング下を匍匐前進しながらカムを回収するパートナー。カムが決まりそうな石には浮いているものもあるので注意。

途中に錆びついて曲がったピトンがあったので、気休め程度にヌンチャクをかけた。後から考えたことだが、せっかくナチュラルプロテクションのルートを登っているのだから、無視すればよかった。

15:40 最終ピッチ

ここまでオンサイトで抜けてきている。5.9なのだから当然と言えば当然だが、正直トップアウトできるかすら50:50だと思っていたから、これは嬉しい誤算だ。自分にとって、花崗岩のデシマルグレードはブラックボックス的印象がある。それだけ自分の花崗岩クライミングのレーダーチャートに歪みがあるということなのだが。

しかし、登る前は「頂上に立てたら嬉しいな」くらいだったはずのメンタルだったのに、こうもうまくいくと欲が出てくる。全ピッチオンサイト。マルチピッチクライミングにそれ以上はない。

最終ピッチは屋根岩2峰のヘッドウォール、「ダルマ型フェース」を登る。これには2通りのラインどりがある。左上はワイドハンドを登るルートで、5.9。ルート全体の核心となる。右上するフレークを登る方は5.7で、こちらが初登ルートらしい。

そのため、正確には左上はセレクションのバリエーションということになるが、現在は左上を登るのが王道となっているようだ。

もちろん左上するラインを選択。

左をオンサイトできるかは五分かそれ以下だろうと思った。しかし、ここで簡単なルートを選択し、登り切ったところで、なんのカタルシスがあろうか?どちらも確実に登れる実力があるならまた別だ。けれど、今自分は「左ならわからない、右なら確実に登れる」と分かってしまっている。

戻るか行くか、易しいラインか難しいラインか。たとえそれが5.10に達しないグレードで、強いクライマーから見たら取るに足らなすぎるものであっても、そういった選択の積み重ねがクライマーを形作るのだと自分は信じたい。

傾斜が緩くなるまでは、ステミングとレイバックを交えながら登った。傾斜が緩くなり、クラックが開くところで、セットできるカムがなくなり焦る。吠えながらランナウトでマントルを返す。これでやっとカムがセットできる、と思った頃にはもう歩ける傾斜だった。

頂上の立木まで来ると、今まで味わったことのない達成感と満足感に包まれた。少し休憩しパートナーをビレイ。パートナーはRPには至らなかったが、なかなか奮闘してみせた。パーティで見ても、オンサイトでトップアウトすることができた。十分素晴らしいと自分は思う。

全てが未知で、自分にとってできるかどうかギリギリのクライミングだった。

各ピッチごとに分けてクライミングを振り返れば、実際は落ちないのが必然だったのかもしれない。けれど、プロテクションの情報もムーブの情報もほとんど何もわからず、プロテクションワークもビレイもお世辞にも卓越しているとは言えない。もちろんそれらの安全技術は高いに越したことはないのだが、今その状態でこのルートを登れたことに意義があるような気がする。

そして、「セレクションルート」という名前を冠するのにふさわしい素晴らしい内容。それをオンサイトという最高の結果で登り切ることができた。これ以上の幸せを味わえるクライミングがまたいつできるだろうか?

クライミングは筋肉体操ではない。筋肉体操的クライミングに価値がないというわけではないけれど、クライミングという底知れぬ奥深さを持つ遊びを、自ら狭いところに押し込んでしまうのはもったいないと思う。

自分の持てる力と、失敗したときの恐怖。全身の感覚を総動員して、それらを天秤にかけ、目の前のラインと対話する。クライミングの本質ってそういうところにあるのではないだろうか。そう強く思わせてくれたルートだった。

セレクションルート 5.9。あまりにも低い数字だ。そんなグレードでなんと大げさなことを!そう笑って欲しい。

数年後、この記録を見返した自分が同じように笑ってくれることを祈る。

arks22

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