セルフビレイとは、パートナーによるロープやビレイ器を通したビレイではなく、自分で支点にビレイを取ることである。
今や世間にはセルフビレイのためのギアが氾濫している。と思ったら、「そんなギアは必要ない」という人もいる。マルチピッチクライミングにおいて、どのようなギアで、どのようなセルフビレイを構築するのが最良か考察する。
目次
用語の整理
似たような言葉が飛び交うので、この記事で使う語句を整理しておく。
- ランヤード – セルフビレイに使う専用の器具。PAS、コネクトアジャスト等がこれに当たる。
- PAS – メトリウスのスリング製ランヤード。Personal Anchor System。色々な種類がある。
- コネクトアジャスト – Petzlのダイナミックロープ製ランヤード。アジャスタによって、カラビナを解放することなく長さを調節することができる。いくつかの種類がある。
- クローブヒッチ – 巻き結びともインクノットとも。ここでは説明が難しいので、わからない人は検索して欲しい。
- アンカー – ここでは、自前のスリングやカラビナで作成した支点システムのことを指す。
流派の違い
これだけ単純なシステムであっても、コミュニティや目指すところによって様々な「流派」が存在する。
あなたはどのようなシステムでセルフビレイをとっているだろうか?PAS?クローブヒッチ?両方?
まずは世間に発表されている有名書籍にはどのようにセルフビレイ取るべきと書いてあるか見てみる。
「マルチピッチルートスーパーガイド」の流派
菊地敏之氏(ガメラさん)著の「関東周辺 マルチピッチルート•スーパーガイド」には要約してこう書いてある。
- 原則的にメインロープ + クローブヒッチ
- ランヤード類は携行が煩わしい
- 衝撃荷重を吸収するダイナミックロープでセットすべき
- しかし、セルフビレイに使う程度の長さで衝撃を吸収できるかは疑問が残るので、スタティックな素材のランヤードなどでも問題ない
- ランヤードとクローブヒッチの併用は勧められない。
- 一つのパワーポイントにつなぐのでは意味がないし、複数あると片方を外すという発想を持ってしまい危険である
「フリークライミング」の流派
では、北山真氏・杉野保氏共著の「フリークライミング」ではどうだろうか。(ちなみにこの本はマルチやクラックの初心者にわかりやすく書きつつ、かなり詳しく書いてある「痒いところに手が届く」良著だ。おすすめ。)
- メインロープでクローブヒッチを推奨
- 安全環つきカラビナ1枚で可能でシンプル
- 長さ調整が自由で制限がない
- 衝撃を吸収する
- ロープが伸びきってしまってもビレイヤーはロープに引かれない
- 同じロープでバックアップを何個も取れる
- 長いマルチピッチを登る際には、疲労からのミスを防ぐため、ランヤードとクローブヒッチを併用することもある
クローブヒッチが基本であるというところは同じだが、「ヒューマンエラーを防ぐ」という観点から論じているのにもかかわらず、ガメラ氏とは全く逆の結論に達している。
ロクスノ特集の流派
ROCK&SNOW #091の特集「マルチピッチの登り方」では、直接言及してはいないが、写真をみると手順はこうだ。
- PASでボルトにセルフビレイを取る
- スリングでアンカーを作る
- アンカーにクローブヒッチでセルフビレイをとる
- PASを外す
とにかく、ベテランと言われている方や有名書籍でも意見が異なることが多く、様々な手法があることはわかっていただけただろう。
何を重視すべきか
前提を整理しよう。
ここで考えるシチュエーションは、「10P以下、数時間〜1日のショートマルチ。無雪期のフリールート。ビレイ点はボルト、または立木。2人パーティで、極端なスピードクライミングなどではない」とする。
例えば小川山の「セレクションルート」や城山「バトルランナー」などが当てはまる。
このようなクライミングにおいて、セルフビレイに対して要求すべきなのは以下の4点だ。
- セット、調整がシンプルでスピーディ
- 複雑なシステムはヒューマンエラーを誘発する。また、マルチピッチではスピードは安全に直結する。モタモタしていると暗闇の中懸垂下降をしなくてはいけなくなる。
- 懸垂下降のセットでは、必ずランヤードが必要になる。このとき、長さ調整が容易だと便利だ。
- ヒューマンエラーが少ない
- クライミングの事故で最も多いのは間違いなく人間によるミスだ。ギアの破損による事故を過剰に恐れる人も多いが、それはヒューマンエラーによるものと比べればはるかに少ないだろう。
- ギアが軽くコンパクト
- 軽さは当たり前だが、コンパクトさも重要だ。ギアがブラブラしていたりすると邪魔だし、ワイドクラックやチムニーなどでは引っかかってしまうかもしれない。
- 衝撃を吸収する
- 可能ならやはりダイナミック素材のものが良いだろう。しかし、ダイナミック素材とスタティック素材の違いで生死が分かれるような場面は非常に稀であると思うし、その前に考えるべきことの方が多いと思う。なのでこれの優先度は低い。
システムのシンプルさやリスク評価については、「アマチュアが実践したときにどのように感じるか」で判断している。「ミスなんてしないよ」という人はこの記事を読む必要がない。
筆者のセルフビレイ
結論から言うと、筆者はPETZLのコネクトアジャストを使って、以下のようなセルフビレイのシステムを採用している。A.ビレイ点到着時とB.ビレイ点出発時、C.懸垂下降時に分けて説明する。文章だけでよくわからない箇所もあるかもしれないが、常に状況を想像しながら読んでほしい。
A. ビレイ点到着時
①ボルトに直接コネクトアジャストを接続する。
②スリングでアンカーを作成する。
③作成したアンカーに安全環つきカラビナをセットし、ロープをクローブヒッチしてバックアップをとる。
④ロープを巻き上げ、フォローのビレイを開始する。
解説
終了点に着いたら、まずはコネクトアジャストでセルフビレイをとる。
ボルトに直接接続するのには理由がある。コネクトアジャストのカラビナでクリップするだけでセルフビレイを取れるので、スピーディでシンプルであるためだ。
「マスターポイントにクローブヒッチ」だと、アンカーを構築するまでセルフビレイをとることができない。
クローブヒッチも慣れれば高速にできるが、それでも「ただクリップするだけ」という1アクションに比べれば大変だ。
ボルトに直接クリップすれば、不安定なビレイ点であっても、セルフビレイをとった状態でアンカーを構築することができる。
B. ビレイ点出発時
①メインロープのバックアップを解除する。自分がフォローであればアンカーのスリングなども回収する。
②最後にコネクトアジャストを解除し、登り始める。
解説
出発時は到着時の逆再生だ。ここでも、ボルトに直接ランヤードを接続する利点が生まれる。
時短の観点から、自分がフォローであれば、「ビレイOK」のコールが聞こえたらすぐに登り始めたい。
しかし、マスターポイントにセルフビレイをとっていた場合はどうだろう。「ビレイOK」が聞こえてから、アンカーのスリング類を回収し、ラッキングし、出発しなければならない。これはタイムロスである。
トップがロープを巻き上げている間にアンカーを回収し、クローブヒッチはボルト直接に移しておく、という手もあるが、シンプルではない。また、セルフを移すには、安全環つきカラビナをもう1枚余計に使わなければならない。どこにもビレイがとられていないタイミングを作ってはならないからだ。
ボルトに直接ランヤードが接続されていれば、そのような手間はない。
「ビレイ点に着いたらまずコネクトアジャストをつける。出発するときは最後に外す。」
このシンプルな法則さえ守っていれば良い。他の手順の順番は適当でも、セルフビレイの聖域が侵されることはない。
コネクトアジャストさえ繋がっていれば、他のギアは回収しても良いため、トップがロープを巻き上げている間はスリング類を回収できる。
C. 懸垂下降時
①コネクトアジャストをボルトに直接接続する。
②ロープを連結したり、投げたり、ロープの準備を行う。
③60スリングをタイインループにガースヒッチし、下降器用のランヤードを作る。長さは適宜調整。
④プルージック、下降器をロープにセットする。
⑤コネクトアジャストを緩め、テンションを下降器に移す。しっかり効いていることが確認できたら、コネクトアジャストを外して下降する。
解説
懸垂下降時の定番のランヤードといえばPASだ。懸垂下降の手順についてここで詳細に解説はしないが、ループが複数あることによって、下降器とバックアップの高低差を作ることができるからだ。
しかし、筆者はPASを使っていない。クライミング中にPASではなくコネクトアジャストを使っているから、と言うのもあるが、コネクトアジャストの長さ調整の容易さを買っているからだ。
そして、懸垂下降時のPASの機能はスリングで十分代用できる(これをカウテールと呼ぶ)。
マルチピッチを登ってきているなら、60スリングは100%持ってきているはずだ。60スリングをハーネスのタイインループにガースヒッチし、適当な長さで結び目を作り、そこに下降器をセットする。
コネクトアジャストの長さ調整の利点について解説する。
ATC等の下降器とバックアップをセットしたあと、ランヤードを外す前に、テンションをランヤードから下降器に移し、しっかり効いているか確認しなければならない。テンションがランヤードにかかったままランヤードを外す人もいるかもしれないが、もしセットが間違っていたら(滅多にないことだが)、ほぼ確実に死ぬ。やはりテンションを下降器に移してランヤードを緩めてからランヤードを外すのが安全だ。
そして問題は、どのようにランヤードにテンションを移すかだ。慣れればどうってことはないのだが、この作業には苦戦したことがある人も少なくないはずだ。テンションを移すには、①ランヤードを長くする②下降器をあげる の二つの方法がある。
自分の推奨は①だ。下降器をあげるのはロープをゴソゴソしなければならず、時間がかかって煩わしい。
ランヤードの長さをはじめは短めにセットしておき、テンションを移すタイミングになったら緩めるのが賢いと思う。
この長さ調整がコネクトアジャストは圧倒的に楽だ。 PASとは違い、長さの調整が無段階なのがいい。この辺りは使ってみないとわからないかもしれない。
このシステムの補足
ヒューマンエラーを防ぐためのバックアップ
クライミング中は、コネクトアジャストとクローブヒッチの2つでセルフビレイをとる。これは2つのセルフビレイをとることで、片方にミスがあってももう片方でケアするためだ。ギアの破断などではなく、ヒューマンエラーを防ぐための施策だと考えて欲しい。
これはガメラ氏の「複数あると片方を外すという発想を持ってしまい危険である」という教えに反する。
ここで以下のグラフを見てほしい。
確かに、多重チェックはトリプルチェック以降になるとエラー検出率が下がる。しかし、ダブルチェックではエラー検出率の上昇は有効である。
厳密には、これは「複数人で1項目をチェック」という実験であるが、「複数あるから大丈夫だろう」という心理においては共通する。筆者はこのエラー検出率の推移はセルフビレイにも同じことが言えると考えている。
そのため、筆者はランヤードとクローブヒッチの二つをセルフビレイとして取るようにしている。
デュアルコネクトアジャストではダメか?
デュアルコネクトアジャストには、コネクトアジャストと同じ調整型アームの他に、固定型アームがついている。
この固定型アームは、主に懸垂下降の際に下降器をセットするためのものだ。
これがあれば、筆者のシステムのように、自分で60スリングなどでカウテールを作る必要もない。
こう見るとととても良さそうに見えるが、自分は以下のデメリットからデュアルコネクトアジャストを採用していない。
- 固定型アームに下降器をセットするのがめんどくさい
- なんのためなのだか正直わからないのだが、固定型アームの方にはプラスチックのカバーがついている。これのおかげで、このアームにカラビナを取り付けたり外したりするのは結構パワーがいる。
- 安全環つきカラビナが複数必要
- 固定型アームに常にカラビナをつけていないと、ブラブラして邪魔になる。レッグループに挿しておくという裏技もあるが、煩わしさは残る。
- それを避けるためにカラビナをつけっぱなしにするとなると、もちろんその分余計にカラビナが必要になる。
- かさばる
- 正直、デュアルコネクトアジャストは、自分がランヤードに許容できるコンパクトさを大幅にオーバーしている。ダイナミックロープを1.7mくらい腰に巻きつけるのだから、考えてみれば当たり前だ。
PASではダメか?
結論から言えば、別に悪くはない。メリットとデメリットがあるので、これらを比較し、コネクトアジャストにするかPASにするか考えて欲しい。
PASにするメリット
- 軽い
- 後述するが、PAS系を使うならアルパインPASが絶対にいい。アルパインPASであれば、重さは50g。コネクトアジャストは125g。この差は大きい。そして、コネクトアジャストと比べると圧倒的にコンパクトだ。正直これだけでもPASを採用するのに十分な理由になる。
- カウテールを作る必要がない
- PASでの懸垂下降のシンプルさはやはり魅力的だ。このやり方で慣れている人も多いだろう。
デメリット
- 長さ調整が段階的で面倒
- コネクトアジャストと比べ、細かな調整は不得手。
- 長さ調整が少し危険
- コネクトアジャストに勝てないのはやはりここだろう。PASでは、長さ調整をするときに、安全環つきカラビナを解放する必要がある。この際に、カラビナがボルトから脱落する、または全てのループがカラビナから脱落するリスクがある。後者はクイックドロー用のカラビナ固定ゴムなどを装着することで解決できる。しかし、長さ調整のたびにカラビナを解放するのは、少なくとも自分は結構怖い。完全にPAS一本に命を預ける懸垂下降前などは緊張する。
アルパインPASとPAS22、ダイナミックPAS
強度 | 重さ | 衝撃吸収性能 | |
アルパインPAS | 14kN | 50g | なし |
PAS22 | 22kN | 93.5g | なし |
ダイナミックPAS | 15kN | 120g | あり |
アルパインPASの強度は14kNだ。この数字だけ見ると、普段カラビナの「23kN」といった数字を見慣れている我々は「それだけしかないの?」と思ってしまう。だがこれは全く問題ない数字だ。
そもそも、人間に耐えられる衝撃は10kNまでと言われている。アルパインPASに15kNの衝撃が加わり破断する前に、100%あなたが死んでいる。
カラビナの強度が23kNくらいあるのは、支点に使うからだ。人間に10kNの衝撃が加わるシチュエーションでは、支点にはその倍の20kNの衝撃が加わる。だからカラビナには20kN以上の強度が求められるのだ。セルフビレイにおいては、人間にかかる衝撃とランヤードにかかる衝撃は等しくなるので、ランヤードに20kNといった強度は必要ない。
筆者はアルパインPASとPAS22を使ったことがあるが、PAS22のゴツさと言ったらすごい。アルパインPASはかなりヘナヘナで、ラッキングしているのも全然気にならないほどなのだが、PAS22はかなりかさばる。
これらの理由から、PAS22は全く必要ないと思う。そして、同じコンパクトさの理由から、ダイナミックPASもやはり選択肢には上がらない。確かにダイナミック素材は魅力的だが、それ以上にかさばるのがマイナスだ。
もしPAS系で検討しているなら、アルパインPASを筆者はお勧めする。
ビレイ点が立木やリムーバブルプロテクションの場合
ビレイ点がボルトではなく、立木やカムである場合、「ボルトに直接コネクトアジャストをクリップする」ということはもちろんできない。
しかし、この場合も基本的には考え方は同じで、コネクトアジャストのためのスリングやカムを設定し、それを最初に設置し、最後に回収する。
最後に
この記事のシステムの問題点や、より良いシステムがあったらコメントなどで教えてほしい。
ここで紹介したのは筆者流のセルフビレイである。10人のクライマーがいたら10通りの支点構築があり、10通りのセルフビレイの仕方があると思う。
その違いは、クライマーの力量や精神的不安をどれだけギアにカバーしてもらうかという方針の違いから生まれるものであり、一概にどれが間違っているとは言い難い。もちろんシステムとして根本的に間違っている場合もあるだろうが。
ときどき、「2点以上からセルフビレイを取るのは鉄則」とか、「懸垂下降の際にバックアップを取るのは当たり前」という人もいるが、自分はそうではないと思う。2点からセルフビレイを取らないリスク、バックアップを取らないリスクを承知の上で、それを受け入れる覚悟があるのなら何をしても良い。
問題となるのは、そのリスクを自覚していないときだ。だから、クライマーは常に技術やギアについて考え続ける必要がある。